災害と給料の前払い

 「めし」という古い映画を見ていたら、上原謙 扮するサラリーマンが給料の前借をする場面がありました。
災害などの思いがけない出費があるとき、申出られたら、給料の前借を拒否できないことがあります。
震災など思いがけない災難にあったといって従業員が給料の前借を求めてきたら・・・

震災、災害、給料の前払い

 重要ポイント

非常時には、従業員から請求された場合、給料日前であっても給料を支払わなければなりません。

 賃金を払うときのキマリ

労働基準法では毎月の給料や賞与などを【賃金】といいます。
賃金は、通貨で、全額を、毎月1回以上、一定の期日を定めて、労働者に直接支払わなければなりません。(労働基準法第24条)
今ではほとんどの会社で銀行振り込みですから、【通貨】で支払わなければならないというキマリにあれっ?と思われる方もいらっしゃるでしょう。
原則は通貨ですが、
①労働者の同意を得ること、
②労働者の指定する本人名義の預貯金口座に振り込まれること、
③賃金の全額が所定の支払日に払い出し得ること
の3つの条件を充たすのであれば、金融機関への振込みにより支払うことができます。

「月末で締めて翌月20日に給与を支払っているが、支払日までが長すぎるだろうか」
こんな質問を受けたことがありますが、労働基準法では締め日と支払日まで長さについては何も言っていません。毎月1回以上、約束した日に払えばよく、末締めの翌月末払でもかまいません。

 非常時払い

「使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない」 (労働基準法第25条)

約束された給料日に賃金をはらうこと、というのが第24条の賃金支払いの原則ですが、第25条ではその例外となる非常時払いを定めています。

 非常時とは

非常時とは出産、疾病、災害のほか、省令に定める次の場合です。

(1) 労働者の収入によって生計を維持する者が出産し、疾病にかかり、または災害を受けた場合

(2) 労働者またはその収入によって生計を維持する者が結婚し、または死亡した場合
(3) 労働者またはその収入によって生計を維持する者がやむを得ない事由により1週間以上にわたって帰郷する場合

労働者本人の出産や病気、災害の場合などばかりでなく、その人の収入によって生計を維持している者の出産や病気、災害のときも、請求があれば、給料日前であっても前払いしなけばなりません。
本人や本人の収入によって生計を維持する者の結婚や死亡などのときも、突然多額の出費が余儀なくされるからでしょう、請求されれば同様です。

 疾病、災害とは

疾病や災害は、業務上であってもそうでなくともかまいません。
洪水、火災このたびのような震災・津波もここでいう災害に含まれます。

 生計を維持する者とは

「労働者の収入によって生計を維持する者」とは、扶養の義務を負っている親族に限りません。
労働者の収入によって生計を営む者であれば、親族でない同居人も含まれます。

 既往の労働に対する賃金とは

給料日前なのに、非常時なので前借したいという申し出を拒否できないのは「既往の労働に対する賃金」です。
それまで働いた分の賃金は、非常時だからと請求があったときには払わなければなりませんが、まだ働いていない分まで支払う必要はありません。
月給であれば、日割り計算して既往の労働に対する賃金を算定することになります。
非常時であっても月給20万円の人に30万円の前借に応じる義務は法令上ありません。

 残業代は含まれるのか

既往の労働については 日割り計算しますが、もしその間に残業があったり、各種手当がつくのであれば、当然含めなければなりません。
月給20万円の人が10日働いたあとに、1万円の非常時払いを請求した場合には、請求額が既往の労働分を下回っていますが、請求された額のみを払えばよいことになります。

 賞与の前払を請求されたら

給料ではなく賞与の前払を請求された場合はどうでしょうか。
賃金の支払債権が生じたものについては応じなければなりませんが、賞与は対象外となります。
賞与は業績の変動によりアップダウンするもので、支払額が確定しているものではないからです。

 退職金の前払を請求されたら

退職金も非常時払いの対象にはなりません。
退職金規程があったとしても、懲戒解雇などの場合には退職金が支給されないとなっている場合が多く、退職前の前払いに応じる義務はありません。

 退職時には7日以内の支払いということも

退職のときに要求された場合には、次の給料支払い日まで支払いを待ってくれということができません。請求が無ければもちろん、通常の給料日に支払えばよいのですが。

労働者が死亡または退職の場合において、権利者の請求があった場合、7日以内に賃金を支払わなければなりません。 (労働基準法第23条)
請求があったときには、「うちの会社は給料日以外に給料の支払いはしていない」、といって退けられませんから、気をつけましょう。
同条では積立金などの労働者の金品の返還も7日以内に行わなければならないと定めています。

法制定の頃はクレジットカードなんてなかったですよね。今では給料の前払いを求められることなど珍しくなっているとは思います。

 

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