震災と労災

 東日本大震災で勤務中や通勤途中に死亡した人が労災認定された、というニュースが伝えられました。
「業務中や通勤途中で災害にあえば当然」のようにも、「たまたま休みで家にいて勤務中でなければ労災認定されないのか」とおかしなようにも思えます。
 大地震から労災認定を考えます。

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 重要ポイント

業務中や通勤途中のケガや死亡であっても、無条件に労災認定されるわけではありません。

  法律には定義のない業務災害

労災保険法や労働基準法に業務災害の定義を見つけることはできません。
厚生労働省がどのような基準で労災認定するのかの基準は、通達で示されています。

  地震と業務上外の考え方

「労災保険における業務災害とは、労働者が事業主の支配下にあることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められる場合をいい、いわゆる天災地変による災害の場合にはたとえ業務遂行中に発生したものであっても、一般的には業務起因性は認められないが、当該被災労働者の業務の性質や内容、作業環境あるいは事業場設備の状況からみて、かかる天災地変に際して災害を被りやすい事情にある場合には、天災地変による災害の危険は同時に業務に伴う危険としての性質を帯びているといえるため、これら業務に伴う危険が天災地変を契機に現実化したものと認められる場合に限り、業務起因性を認めることができる」(「伊豆半島沖地震に際して発生した災害の業務上外について」昭和49年10月25日付基収第2950号)

  阪神大震災と通達

わかりにくい通達ですが、病気やケガ、死亡などの原因が業務によってひきおこされたと考えられるかどうかで、業務上外を決めるということです。
仕事中に具合が悪くなって倒れたとしても、朝から高熱があったのであれば、この病気の原因は業務ではありません。
プレス作業中に指をケガしたのであれば、プレス作業という危険な環境下での事故なので、業務が原因とされ、労災保険の給付を受けられるのです。
平成7年の1月17日に発生した阪神淡路大震災のときの通達「兵庫県南部地震における業務上外の考え方について」(平成7年1 月30日)では、地震による災害について、「従来からの基本的な考え方に基づいて業務上外の判断を行うもの」としながらも「個々の労災保険給付請求事案についての業務上外の判断に当たっては、天災地変による災害については業務起因性等がないとの予断をもって処理することのないよう特に注意すること」
として、柔軟な対応がとられたようです。

  地震による業務災害事例

事例1 作業現場でブロック塀が倒れたための災害
ブロック塀に補強のための鉄筋が入っておらず、構造上の脆弱性が認められたので、業務災害と認められる。

事例2 作業場が倒壊したための災害
作業場において、建物が倒壊したことにより被災した場合は、当該建物の構造上の脆弱性が認められたので、業務災害と認められる。

事例3 事務所が土砂崩壊により埋没したための災害
事務所に隣接する山は、急傾斜の山でその表土は風化によってもろくなっていた等不安定な状況にあり、常に崩壊の危険を有していたことから、このような状況下にあった事務所には、土砂崩壊による埋没という危険性が認められたので、業務災害と認められる。

以上は、前掲の平成7年通達の災害事例ですが、単に仕事中だった(事業主の支配下にあった)だけではなく、作業に伴って危険な状態が潜んでいて、地震によってその危険が現実のものとなった場合を業務上とするとしています。

 今回の震災と業務上外

「東北地方太平洋沖地震に伴う労災保険給付の請求に係る事務処理について」(平成23年3月11日基労補発0311第9号)では 「今回の地震による業務上外の考え方については、平成7年1月30日付『兵庫県南部地震における業務上外等の考え方について』に基づき、業務上外及び通勤上外の判断を行って差し支えない。したがって、個々の労災保険給付請求事案についての業務上外等の判断に当たっては、天災地変による災害については業務起因性等がないとの予断をもって処理することのないよう特に留意すること。」としています。

  Q&A によると

このたびの震災後、厚生労働省から
「東北地方太平洋沖地震に伴う労働基準法等に 関 す る Q & A(第 1 版、第 2 版、第 3版)」、「計画停電が実施される場合の労働基準法第26条の取り扱いについて」、また、「解雇、雇い止め等に対する対応について」など次々と通達が出されました。

労災の取り扱いについては、「東北地方太平洋沖地震と労災保険Q&A」が出ました。
それには次のような記載があります。
(Q)仕事中に地震や津波に遭遇して、ケガをしたのですが、労災保険が適用されますか?
(A)仕事中に地震や津波に遭い、ケガをされた(死亡された)場合には、通常、業務災害として労災保険給付を受けることができます。
これは、地震によって建物が倒壊したり、津波にのみ込まれるという危険な環境下で仕事をしていたと認められるからです。
「通常」としていますのは、仕事以外の私的な行為をしていた場合を除くためです。

単に仕事の時間中の災害だったから労災保険が適用されるのではなく、危険な環境下での仕事だったと推定されての労災給付としていることに注意する必要があると思います。

  震災と死亡の推定

家族が勤務中に津波に遭い、行方不明の状態が続く場合、いつ労災保険の請求ができるのでしょうか。
通常、行方不明者に関する労災保険の請求は、行方不明となったときから1年経過時とされています。(民法30条2項の失踪宣告)

今回の震災では特例法が施行され、地震発生日の3月11日から3カ月経過時に申請できることとなりました。
地震発生日から3カ月間行方不明の場合又はその者の死亡が地震発生日から3カ月以内に明らかとなり、かつ、その死亡の時期がわからない場合、地震の日にその者は死亡したものと推定され、労災保険の給付が行われます。

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 ◆ 「労働関係・社会保険の知識って大事ですね」 ◆ 業務日誌 7月□日

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