パワハラに注意!

「会社を辞めろ。死ね。」と激しく叱責された43歳の男性がうつ病になり、会社ビルの6階から飛び降り自殺・・・そんな悲しい事件が労災認定されたというニュースがありました。(平成22年10月18日、東京地裁)

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■ 重要ポイント

パワハラはここ数年の労働環境の変化に伴い増加しています。
うつ病を発症、自殺にいたった事件が業務とされ労災と認定されることも少なくありません。

■ 程度を超えた叱責

1999年(平成11年)に自殺した出光タンカー(東京)の男性社員(当時43歳)の遺族が、自殺は上司の激しい叱責が原因だとして、国に対し労災と認めなかった処分の取り消しを求め争っていました。東京地裁は18日、請求を認め、労災と認定しました。
裁判長は、この事件の上司による叱責は

  • ほかの人が見ている前で公然と行った
  • 感情的表現が多く「死ね」などの暴言もあった
  • 他の部署からも注意を受けるほどだった

ことなどから、企業での一般的な水準を超えていたと指摘しました。さらに「同僚や別の上司らに改善を訴えても状況が改善されず、男性の心理的負荷は精神的な障害を起こすほど過重だった。自殺は業務が原因である」と結論付けました。
男性は97年7月から出光興産から子会社の出光タンカーに出向して経理業務をしていました。99年7月ごろうつ病になり、同26日自殺。
遺族は労災申請しましたが、不支給となっていたものです。
この判決の少し前15日、厚生労働省は業務上のストレスが原因でうつ病などの精神疾患になった人の労災認定を迅速化するための『判断指針』を改正すると発表しています。

■ 程度を超えた叱責はパワハラ

職場での人格を踏みにじる叱責はパワハラということができます。
「パワハラ」は、「パワー・ハラスメント」の略語で、㈱クレオ・シー・キューブ代表岡田康子氏らが考えた造語です。マスコミで取り上げられるようになり、パワハラという言葉が広まりました。
「職権などのパワーを背景にして、本来の業務の範疇を超えて、継続的に人権と尊厳を傷つける言動を行い、就業者の働く環境を悪化させる、あるいは雇用不安を与えること」と定義されています。

■ パワハラは上司が部下に対して行うものだけではない

「仕事上の立場を使ったいじめ」がパワハラといえますが、ときには若い上司に古参のパートがパワハラということもありえます。
「職場で、地位や人間関係で弱い立場の相手に対して、繰り返し精神的又は身体的苦痛を与えることにより、結果として働く人たちの権利を侵害し、職場環境を悪化させる行為」(職場のハラスメント研究所)という定義もあります。
職場とは広く業務を行う場所のことをいい、仕事で出かける取引先の事業所も含まれますし、また、会社の懇親会などの場所も含まれます。
合理的な業務命令の範囲を超えて叱責を繰り返すことは、人格や名誉を傷つける行為でありパワハラといえます。

■ パワハラは日本だけではない

パワハラは英語ではなく和製英語です。
パワハラは日本特有のものでしょうか。
モビングmobbing(ドイツ、スウェーデンなど),モラルハラスメントmoral harassment(フランス)などのことばで同様の問題があり、調査や法的規制がとられています。

■ パワハラ(いじめ・嫌がらせ)相談件数は近年増加

労働局の総合労働相談コーナーに寄せられる相談件数は年々増加しています。労働基準法の違反を伴わない民事上の相談内容では、解雇、労働条件の引き下げに続き、いじめ・嫌がらせが3番目に多い件数となっており、その割合はここ数年増加しています。
日本労働弁護団が行った労働相談(2010年6月)では、賃金不払いについで、いじめ・嫌がらせの相談件数が多かったと報告されています。

■ パワハラの背景

近年増加しているパワハラの背景として、次のようなことが指摘されています。

  1. リストラ策として人員整理や退職を強要するということが絡むパワハラ
  2. 仕事や組織の変化により、コミュニケーションギャップから来るパワハラ
  3. 正規・非正規さまざまな雇用形態からなる職場が引きおこすパワハラ
  4. ノルマ強化などの労働強化からくるパワハラ
  5. 能力主義、成果主義のような従業員間の競争の激化から来るパワハラ
  6. 女性の職場進出に絡むパワハラ

ひとつも関係ないという会社はないのではないでしょうか。

■ パワハラがもたらす損失

パワハラがどんな損失を与えるか、興味深い調査があります。(中央労働災害防止協会【パワー・ハラスメントの実態に関する調査研究報告書 2005年8月】)

  1. 心の健康を害する(82.8%)
  2. 職場の風土を悪くする(79.9%)
  3. 周りの士気が低下する(69.9%)
  4. 生産性が低下する(66.5%)
  5. 十分に能力が発揮できない(59.3%)
  6. 優秀な人材が流出する(48.3%)

パワハラは被害者自身の身体、心の健康をむしばむだけでなく、生産性の低下、優秀な人材の流出も引き起こすのです。

■ パワハラは個人的な問題ではない

パワハラは個人的な問題で、会社が関与することではないとする考え方が従来はありました。
しかし、パワハラの背景、パワハラ相談の激増、会社にもたらす損失をよく知り、労務管理上の問題として、会社はきちんと取り組む必要があります。パワハラは相手に対する人権侵害であるということをふまえ、パワハラのおきない職場作りを進める必要があります。

■ 労災になるかならないかの判断基準

労働者がパワハラが原因でうつ病になり自殺した場合など、【業務上】と認定されれば、労災保険法が適用され、保険給付と労働福祉事業の保護が受けられます。
業務による心理的負荷が社会通念上精神障害を発症させる程度に荷重であれば【業務上】となります。

 

 その他の記事

 

◎ ト ピ ッ ク ス

監督指導で支払われた割増賃金の合計額は約116億円
平成22年10月21日 厚生労働省発表
毎年この時期になると、厚生労働省から賃金不払い残業の是正結果が公表される。
今年の特徴は、前年と比べ是正支払額が大きく減ったことだ。
・ 是正企業数 1,221企業 (前年度比 332企業の減)
・ 支払われた割増賃金合計額 116億298万円 (同 80億1,053万円の減)
・ 対象労働者数 11万1,889人 (同 6万8,841人の減)
・ 割増賃金の平均額は1企業当たり950万円、労働者1人当たり 10万円
・ 1,000万円以上支払ったのは162企業で全体の13.3%、
支払われた割増賃金の合計額は85億1,174万円で全体の 73.4% を占める
・ 1企業での最高支払額は「12億4,206万円」(飲食店)、
次いで「11億561万円」(銀行・信託業)、「5億3,913万円」(病院)の順
不況の影響で時間外労働が減少している影響だろうか。

◎ シリーズ  年   金

~ 精神の障害と3級の認定 ~
うつ病などの精神の障害で障害年金を受け取ることができるが、障害3級の認定基準は次のとおりである。
・精神に、労働が著しい制限を受けるか、
又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの
・精神に、労働が制限を受けるか、
又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害を有するもの
→ 抽象的で分かりにくい基準である。
日常生活状況の生活の困難さも考慮される。

◎ 人事労務の素朴な疑問

健康診断の実施
事業者は、常時使用する労働者に対し、1年以内ごとに1回、定期に次の項目について医師による健康診断を行わなければならない。
①既往歴及び業務歴の調査 ②自覚症状及び他覚症状の有無の検査
③身長、体重、胸囲、視力及び聴力の検査 ④胸部エックス線検査
⑤血圧の測定 ⑥血圧検査 ⑦肝機能検査 ⑧血中脂質検査 ⑨血糖検査
⑩尿検査 ⑪心電図検査         《労働安全衛生規則第44条》

◎ 相談事例から

『業務上のけがで健康保険を使ってしまった・・・』
「現場作業の仕事中に怪我をしたが、会社に悪いなーと思い、健康保険で治療を受けた。仕事を休んでいるが、なかなか怪我がよくならない。どうするのが良いだろうか・・・」
休業しなければならないほどの怪我があった業務中の事故が起きたとき、事業主は労働基準監督署に【労働者死傷病報告書】を出さなければならない。この報告を出さず、労災の事実を隠すことを労災かくしという。事業主は刑事罰を科せられる事がある。
いつどこで、どんな状況で事故が起こったのかをヒアリング。療養補償給付申請書、休業補償給付申請書を作成し、事業主証明を依頼する書面を入れて会社に郵送した。
もし会社が書いてくれなければ、請求人である怪我をした労働者は【事業主証明なし】で請求することもできる。が、幸い、間もなく証明印が押印された書類が戻ってきた。
元請のある現場作業中の事故。証明は元請の会社になる。こんな構造が労災隠しの背景にある。